日本語が自然と耳に入ってこない

少し前、駅で日本人ビジネスマンとOLさんの三人組を見かけました。

日本人と何故わかったかというとそれは当然日本語の会話が聞こえてきたからです。
駅で電車を待っていると気のせいか日本語のような単語が聞こえたので、振り返るとそこには東京でよくみる格好のクールビズ対応のビジネスマンとスーツ姿のOLさんがいました。東京が懐かしくなってしまいました。
私の活動時間帯と活動場所が違うせいかもしれませんが、ニューヨークのビジネスマンってわりとカジュアルだし、OLさんもビシッとスーツ姿というのはあまり見かけないように思います。そういう人は電車を使わず車通勤なのかもしれませんが。

話がそれてしまいましたが、その後、しっかり聞き耳をたてていないと日本語が聞き取れなくなっている自分に気づいてとてもビックリしました。
もちろん主人との会話は日本語で聞き耳をたてなくても聞き取れます。たまにぼんやりしていて無反応だったりするようですが(^.^;
他の日本人と会って話をしてもそんなにしっかり聞かなくても流して会話できます。

知らない人が会話しているのが街で聞こえてきてしまうと日本語として意味を理解できる言葉として認識してしまうのが普通だと思うのですが、注意して聞かないとBGMのように音がするけど言葉として認識されないという状態らしいと気がついたのです。
それはニューヨークに来た時の英語の会話で体験したのと同じように思いました。
この事はとてもショックでした。ショックを受けたことにもショックを受けました。
私の日本人としてのアイデンティティがそこにあることに気づいたからです。

頭の中で考えたりするのも日本語で考えていてそれが自分だと認識しているんだと思います。その言語を注意して聞かないと何を言っているかわからないというのは自分ではないように感じたのです。

聖書ははじめに言葉ありき、で始まりますし、言霊という言葉もあります。

今更ですが人にとって言葉が重要だということに気付かされました。


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